阿里亜藩国に一人の勇者あり。名をば雄留弖賀と言ふ。
彼、魔王婆羅母守討伐のため勅を受けて国を下りしも、行方知る方なし。
雄留弖賀の子もまた勇者なれば、父と同じく勅を受けて国を下りしが、幾多の艱難ありて、なほも意堅く、つひに魔王討ちぬ。
魔王曰く、「大魔王憎魔あり。魔族の棟梁なり。吾もまたその郎党に過ぎぬ」と。
勇者、さらに意を強うして進みしが、阿里亜藩国の地のさらに下の、阿礼普賀流土といふ、ひねもす昼なき常夜の地にて、しかも羅田都王のありしが、王の嘆願聞いて、さらばとて、大魔王の城に入りしを、父雄留弖賀、魔族の大悪竜と戦へるが、もはやこれまでと、かたはらに馳せまゐりける勇者を吾が子とばおもひもよらずんば、子への遺言をば預り伝へたまへと願ひて、すなはちまかりけり。
なんでふやる方なきことなりけるを、勇者の意さらに堅くなりしが、仇の大悪竜を斬り伏せ、以つて父の供養となし、しかも大魔王の魂をば討ちて、父の墓前にたてまつらんと欲す。
大魔王、勇者の意をば蔑み、吾こそよろづの衆生畜生の神なればとて、勇者をむなしくせんとするを、勇者、竜神より預りし光玉以つてその悪意くじきて、しかもその魂討ちとりたり。
阿礼普賀流土の大地鳴動して、にはかに空開け、地は日なたとなりて、百姓初めて昼を知りけり。
勇者、故郷に帰ることあたはざりにけるを、羅田都王、ことほいで勇者をして露斗を賜るが、勇者、いづこにかいににけり。

慧似久『土羅権久永子徒』