月: 2021年11月

2021/1123 インターネット自分史

この宣言だけでは足りないので、自分のインターネットふれあいの歴史でも書いていこうと思う。とにかくカタカタとキーボード叩きたい欲求におそわれているので、誤字脱字、奇妙な表現、論理構成の破綻、そんなものはおかまいなしに進めていく。

インターネットに最初に触れたのは、小学生のころだったか、中学生か、覚えがない。ただ、自宅には父が仕事で持って帰っていたノートパソコンがあり、それを小学生のときから触ることができた。

Visual Basicが入っていたので、それで適当にプログラミングをしていた記憶がある。イベントドリブンだの、オブジェクト指向など、そんなものはさっぱりわからない。ただ、「Form1」という画面に、「Image」だの「Button」だの部品を置いていって、その「Button」をダブルクリックして出てくる「OnClick」みたいなメソッドに「IF A >= 0 THEN」みたいなのを打ちこんでいけば、なんか動作する! でキャホキャホ喜んでいた。

さらには、そんなダメプログラムをベクターという自作ソフトを掲載してくれるところに送って、みごと掲載許可をもらったことがあった。いや、ほんとうにダメなプログラムで、ほぼおそまつなジョークソフトだったのだが、とても気前がいいところだったのだろう。

そして、さらに嬉しかったのが、自分のホームページスペースをもらえたことだ。自分のホームページを作れて掲載できる、というのは非常な興奮だった。

そのホームページに載せるためにセコセコと作ったのが小説だ。オリジナル小説『ワルターソード』。内容は、当時読んでいた『紺碧の艦隊』と見ていた『新世紀エヴァンゲリオン』に影響された、よくわからないもの。

戦艦大和、武蔵、信濃があって、それにチルドレンみたいな人間が乗って、悪の帝国と戦う、というもの。主人公はその戦艦の艦隊の司令官・海風シリュウ(紫龍)。チルドレンにはたしか、朝霧リスマ、海風シカゼ(紫風)、長門カズキだったと思う。いや、命名のルールが完全にエヴァ! さらに、敵帝国の首領は主人公の父。あと敵司令官がトレバーという名前だったと思う。今思い出してもはずかしくなるけど、その小説のデータはどっかいってしまった。

あと、それに加えて、魔法陣グルグルの二次創作にオリキャラを加えた『グルグルソード』なんてもの書いてしまった。今だと最低SSとか呼ばれて叩かれるだろうな。なにしろ、そのオリキャラの中には、作者である「小笠原雅之」がいたんだもの。もう、最低SSあるある項目をかなり満たしてると思う。

『ワルターソード』も『グルグルソード』も、結局、数話書いてエターナルしてしまった。『グルグルソード』は同級生の友人にあげて、彼はみごと最終話まで書き終わった。その彼は、同人で、商業で、シナリオライターとして活躍。ううむ、これが根性の差というものか。根性なしの自分には、とても達成できない偉業だ……。ギャフン。

しかし問題は根性というわけでもない。文章技術が未熟とか、読書量が足りないとか、そういうものでもない。創作への執念、執着、意地、そういったものがなかったのだ。インターネットの露悪文化に触れて、それに感化されてからは、どんどん悪化した。

そう、インターネットとのふれあい。接触。当時のインターネットがどんなものだったかは、覚えてない。ただ、2ちゃんねるがあった。ぁゃιぃがあった。それで十分だろう。小学生、中学生、高校生、大学生、とどんどん悪くなっていった。

エロ、グロ、差別、カルト宗教、麻薬、暴力、ウェアーズ、ウィルス、違法ソフト、脱法ハーブ、右翼、左翼、ネット右翼、リベラル、極左、極右、ネオリベ、フェミニズム、…………そういったキーワードを書きつらねると、ほんとうにキリがない。ただどれも、自分のありがたい良い御縁や良い運命とは正反対の、かけはなれた、むしろ悪くなるようなものばかりだ。露悪文化と一言で言ったが、別に露悪じゃないにせよ、こういうキーワードの人々は自分のことを悪だと思わず、むしろ正義だと思ってるにせよ、何にせよ、とにかく、悪い縁起、悪い運命なのだ。それに関わると、こちらにもその業が伝染してくる。それを「シューキョー」と言うならご自由に。でも、自分はその「シューキョー」を信じる。本当に、因果応報、自業自得というのは、あるのだと。

はっきりいって、このあたりのことを詳しく書いたらキリがない。ブラウザがどうの、ネットバトル(今でいうレスバ)がどうの、パソコンがどうの、回線がどうの、テレホーダイがどうの、ISDNが、ADSLが、光が、……。

だが、触れておきたいのはある。ニコニコ動画とTwitterだ。

この二つもまた相当に露悪文化なのだが、それでも、なくてよかった、と一概に言えるものではない。

ニコニコ動画は、大学生のときに尋常じゃないぐらいハマった。何を見ていたかとか、もうほとんど覚えてないが、ひたすら見た。

Twitterも、それはもう、ネット論客を中心に、もううんざりするほど、こちらも何を見ていたかほとんど忘れてしまったが、見た。とにかく見た。

それで得られたものがあったか? なにもなし!

あえていおう、完全に、なんにも、なし!

はっきりいって、図書館に毎日通って、本を読みまくった方がよかった!

ものすごい後悔している!

インターネットそのものだけで得られるものなんて、所詮はガラクタばかりだ! いや、ガラクタならまだいい。ガラクタよりさらにタチの悪いビョウキだ! こんなビョウキを持っていたら、心身害して、人間関係や職業、将来の展望までぜーんぶビョウキに毒されて失ってしまうぞ!

インターネットを通じてリアルで得たものは、たしかにある。しかし、インターネットそのものから得られたものなどは、なにひとつない! そう断言してしまうぞ、私は!!

インターネットでトモダチができた? だからなんだ! 実際にリアルで面前で会話したこともないんだろう! 相手が男性か女性か、年齢がどれくらいか、どんな職業か、そんなこともロクにわからないだろう! そんな属性はインターネットだと好き勝手に偽装できるぞ! それこそ「職業は自宅警備員で、毎日毎晩キーボードをカタカタさせてインターネットにわけのわからないこと書き込んでる奴」だって、インターネットのトップアイドルになることだってできるだろうさ!

インターネットで言論があった? だからなんだ! それが真正だとどこの誰が保証してくれるんだ! 論文ですら疑似科学の奴があるぐらいだ! それならテレビ・新聞見てた方がまだマシじゃないか? いや、そんな保証のない情報に踊らされるぐらいなら、最初から知らずに、いっさい関わらない方がよっぽどマシだ! アンチフェミ情報を得たからといって、それが自分の仕事に役立つなんて、ほぼないだろう! 自分の生活、自分のなりわい、自分の仕事だけ見てやってたほうがよっぽどマシだ!

結局、そういうことだ。インターネット文化なんて、リアルのつま先の親指の爪ほども役に立たない!

そんなものにわずらうぐらいなら、インターネット文化とはきっぱり御免こうむって、リアルをしっかりやろう!

そう、リアル、現実世界、現実社会、自分が実際に仕事して、生活のためのお金をもらっているところだ。自分が実際に人と会話して、人間関係をつくっているところだ。それこそが、本物、つまりリアルなんだ。現実=本物=リアル。

逆にいえば、インターネット=仮想=偽物=フェイク。そう、フェイクだ。フェイクなんか、10の10乗の10乗の10乗の10乗やったところで、フェイクでしかない。絶対にリアルなんかにはなれない。フェイク=ビョウキだから! 因果応報、自業自得!

キーボード叩くのつかれた。でも、満足だ。とにかくためこんでたものを吐き出せた。こうやって、インターネット文化のデトックスをやっていくのだ。そう、創作はデトックス。創作はリアル。創作はデスティニー。創作はカルマ。創作は……

2021/11/23 インターネットの露悪文化からは卒業する

今回、痛切に感じたこと。

インターネットの悪い文化に心身ともに染まると、良い御縁を失い、さらに悪い者たち、ひいては悪い運命をひきよせてしまう。

逆に、できるかぎりの品行方正を心がけていると、良い御縁にもめぐりあえることができ、良識のある方々とのありがたい希望にあずかることができる。

因果応報。自業自得。

たしかに、古くさい、説教めいた「ドートク」あるいは「シューキョー」なのかもしれない。

でも、その「ドートク」、あるいは「シューキョー」、そういうのを、インターネットよりもよっぽど信用できるようになった。

そう、インターネットの悪い文化なんて、もういらない。

だからといってインターネットを完全にやめるわけにはいかない。生活や仕事でどうしても使わなければいけない。

完全に卒業はできない。でも、せめてその露悪文化だけは、卒業する。

そう、口にして宣言する。

これは自分自身の、天に対する契約として。

アウグスト・バエジャ(小笠原雅之)

2021/1119 将来の夢=ホメロスとヘロドトス

そうだ、詩と史だ。そのコードをつむぐために、そのイメージをあらわすために、ここにいるのだ、と。

たとえそれが現実ではなく、架空のものだったとしても、いやむしろ真贋の別がなくなる現代だからこそ、架空の詩と史をうたいしるすべきなのだ。

ムーサよ、われにそれをなしうる力を与えたまえ!

2021/1118 ゲーム制作エターナリスト

いやはや、どれだけプログラミングに関する知識を吸収していっても、ぜんぜんゲームが完成しない。

ゲーム制作エターナリスト。自分はもはや、そういう特性なんだとあきらめた。

最近では、UnityやるならU○○RXやろ! U○○Taskやろ! とか言う文句につられて、本まで買ってみたんだが……。

いや、かんじんのマイ・ゲーム・プロジェクトは1ミリも進展していないんだが?

いくらObservalがどうのこうの理解できるようになったところで、マイ・ゲーム・プロジェクト「百合挟み」や「マ○オライク・アクションゲーム」、「シューティングゲーム」はぜんぜん、まったく、1ナノメートルも進捗がないのだ……。

イベント駆動! オブジェクト指向! デザインパターン! GoF本!

進歩、なし!

けっきょく自分がやってることは、「プログラミングのおべんきょう」であって、「ゲーム制作」などではなかったのだ……。

そりゃ、ガリガリガリとすさまじい(穏当表現)コード書いて、「動けばいいんだよ、動けば!!」と強弁するのもあなあさましき、ではあったとしても、勉強してるだけで「なに一つ成果をあげられませんでした!」ではどうしようもないでしょ、と。

自分、好きなのはそういう「おべんきょう」であって、「制作」などではなかったのだ……とあらためて認識。

ならば、やむをえまい。選択と集中!

とりあえず、ゲ制はノベルゲームの『大扶桑史』だけにしぼって、あとは絵と文章をがんばる!

選択と集中!

なんか、「選択と集中」という言葉がコウゾウカイカクとかなんとかという文脈で敵視されてる向きもありますが……。

こと、個人にとっては、とにかく使えるリソースが少なすぎる! のでしっかりしぼっていきます。

とにかく、やりたいことは無限にあるのに、寿命はもはや、あと何年あるかどうかもわからない!

なら、とにかくしぼるしぼるしぼる……。

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