男は著書に記す。
「献本 吾倶羅出版編集部 御中 芝村一刀」
これで余の積年の無念がやっと報われる……。
著書を出版したのは婆白耶書房。吾倶羅出版のライバルだ。
男を拾ってくれた出版社への恩義は、男を見捨てた出版社への復讐に転化する。
男はやがて業界の表舞台から去り、その本は、巡りに巡って、とある新古書店に入った一般人の手中におさまることとなる。
「献本……? これは一体……」
その本の写真をなにげなく撮り、SNSにあげてみる。
すると、謎の捨てアカウントから、奇怪なリプライが飛んできた。
「一刻も早く焼きなされ。できれば専門の寺社に持ち込むのがよろしい。呪物を持ち続けてはならぬ」
物語が、いまいましくもはかない物語が、動きだす──。